どっちかといえば松本人志が好きな人。
ウィズ・ユー
2人の10年後はぜひ描いてほしかったですね。
監督/ティモシー・ハットン
出演/ケヴィン・ベーコン、メアリー・スチュアート・マスターソン、
エヴァン・レイチェル・ウッド
(1997年・米)
10歳の少女ハリエットは、母の経営するモーテルで母と姉と3人で暮らしていました。ある日、そのモーテルに一組の母子が宿泊することになりました。息子の方のリッキーは知的障害を持つ青年でした。彼らは障害者が入居する施設に向かっていたのですが、その途中で車が故障し、車が直るまでたまたま近くにあったモーテルに滞在することにしたのです。ちょっと変わり者で家庭でも学校でも浮いているハリエットは、リッキーと意気投合し、仲良くなります。しかし、ハリエットの姉や母はそれを快く思っていませんでした。
これはたぶん誰が見ても地味な印象を持つ映画だと思います。感情を激しく揺さぶられたり泣いたりとかはないでしょうね。僕もそうです。テーマやストーリーから考えておそらく感動作なんでしょうが、わりと淡々と見ていました。いまいち盛り上がりに欠ける映画ですね。たぶん監督の見せ方とか演出とかそういったところが地味というか、つまらないからでしょう。この映画の監督はティモシー・ハットンですか。監督としての才能はまるでなさそうなので、俳優業に専念した方がいいですね。
ストーリーも、悪くはないんですが、ちょっと小さくまとまりすぎていますね。よく考えるとこの話はどうにも救いようがない話ですよ。しかし、舞台を1960年代後半の田舎町に設定し、美しい自然とノスタルジックな雰囲気の中でハリエットとリッキーの交流を描くことによって、映画全体がほのぼととした感じになっています。だから見終わった後は、「この時間は2人にとって夢のような美しい時間だったんだなあ。」という印象しか残りませんでした。ちょっと雰囲気にごまかされたような気がしますね。
ラストも、ご都合主義のハッピーエンドよりはマシなんですけど、監督に対して「逃げたな。」という印象を受けました。この映画の中でリッキーがハリエットに、「僕はいつまでも子どものままだけど、君はこれから成長して大人になってしまうから、僕のことを嫌いになってしまうんだ。」といったことを言うシーンがあります。僕が一番感動したシーンです。だからこそ、10年後にこの2人がどうなっているのかということはとても興味があるし、監督にぜひとも描いてほしかったですね。
この映画ではハリエットとリッキーの交流だけでなく、ハリエットの家族の問題についても描いていますが、これも気が付けばしょうもない終わり方をしています。別にハリエットと家族は最初から最後までこれっぽっちも分かり合わなくてもそれはそれで面白いと思うんですけどね。こんなつまらない展開だったら別に姉は出てこんでいいとも思いますし。どうもこの映画は何につけても甘い仕上がりになっているような気がしますね。
配役についても、リッキー役はもうちょっと無名の役者を使ってほしかったですね。ケヴィン・ベーコンがその役をしているんですが、有名すぎてどんなキャラクター作りをしてもケヴィン・ベーコンにしか見えません。だから知的障害者には見えません。おまけに実績十分の役者である彼の演技にも色々危なっかしいところがありましたからね。ケヴィン・ベーコンは「告発」の演技がすごく良くて、わりと評価していた役者なんですが、この映画ではイマイチでした。
ハリエット役のエヴァン・レイチェル・ウッドの方は初めて見ましたが、この年にしては演技も上手だし、顔も正統派の美少女の顔で可愛いし、いい女優になるんじゃないかなと思いますよ。この映画では一番光っていました。
この映画の点数は★5ぐらいですかね。この映画は監督、脚本、主演男優がイマイチで、いい所といえばエヴァン・レイチェル・ウッドときれいな風景ぐらいだし、映画の出来としては決して良くはないと思います。しかし、甘くて柔らかい雰囲気の映画で、僕が何だかんだ言ってある程度の点数をつけているところから考えて、万人に好かれる映画とまでは言いませんが、万人に嫌われない映画だとは思いますね。
<ウィズ・ユー 解説>
知的障害を持つ青年と、複雑な家庭に育った10歳の多感な少女との心の交流を描いたヒューマン・ドラマ。1960年代後半、ペンシルバニア州の小さな田舎町。10歳になるハリエットは家族で経営するモーテルで暮らしている。母はアル中、姉は何人もの男と寝ているふしだらな女。夢の世界に生きる彼女は、本当に自分を理解してくれる場所に行きたいと願っていた。そんなある日、ハリエットは知的障害を持つ青年リッキーと出会い、二人だけが互いを理解し合えると気づく……。